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このところ霊性について語られることが多くなったが、霊性はおおかたの人にとって、まだ漠然とした謎のままにとどまっている。 (中略) 心身の癒しを助けるために、患者には自分の霊性について理解してもらうことにしている。からだ・こころ・たましいの3つの側面のバランスがとれてこそ、その人の潜在能力が発揮されるからだ。
ロバート・C・フルフォード 「いのちの輝き」
「霊性」という広く深い、とても重要なテーマを記事にしてみました。あくまでも霊性の一側面を記しているにすぎませんが、あまり考えることのない霊性というものに触れる機会になれば嬉しく思います。
※今の段階で感じていることを記事にしているので、霊性に対する理解度によってその都度内容を変更しています。
目次
三位一体(肉体・霊性・精神)の人間のからだ
「人間は三つの存在(肉体・霊性・精神)が一体になって初めて完成する。」
アンドリュー・テイラー・スティル
オステオパシーの創始者アンドリュー・テイラー・スティル博士はこのような言葉を残しています。
スティル博士は元々牧師でもあり、オステオパシーの思想では人間の中に「体」「精神」そして「霊性」の存在を認め、他のホリスティック療法と同じように、それら3つが三位一体であると考えています。それはつまり、人の真の健康な状態を考えた時に「体」と「精神」だけが正常に働き満たされているだけでは不十分であり、「霊性」というものを兼ね備える必要があることを意味しています。
霊性とは何か?カルマと愛
それでは「霊性」とはどのようなことなのでしょうか。ここでもまたロバート・フルフォード博士の言葉を引用したいと思います。
霊性とは不完全な世界にあって平和と幸福を見いだす能力だといっていい。それはまた、自己のパーソナリティの不完全さを理解し、それをそのまま受容することでもある。理解し、受容したときのこころのやすらぎから、創造性と利他的に生きる能力が生まれてくる。
ロバート・フルフォード
ロバート・フルフォード博士の言葉は、霊性とは何かを理解するための指針になりますが、これだけでは霊性を理解することは難しいと思います。補足的に「愛」と「カルマ」について考えてみました。
愛について
愛について考える時、「愛」と「愛情」とを分けて考える必要があります。足立幸子さんが書かれた「あるがままに生きる」にその点が分かりやすく解説してありますので、引用したいと思います。
愛情と、《愛》は、全然違います。
あるがままに生きる
《愛》というのは、無条件で、しかも厳しいのです。
ところが《愛》の下に《情》の字がつくと、急に条件がついてきて、ドロドロしてくるのです。
ですからこれからは、みんながお互いに《愛》の部分だけで接するようになれば、本当に楽になりますね。
例えば、《愛》の部分では「やってあげない方がいいと」とわかっていても、《情》の部分でやってあげてしまうことが、私達にはいっぱいあるはずです。皆様ご自分でチェックしていただきたいのですが、人に対して、やってあげることによって相手をダメにしていることが、実はいっぱいあります。
《愛》の部分ではわかっているのですが「やってあげないと、冷たい人だと思われる」とか、良い子になろうとしているのですね。
例えば子育てを考えた時、「愛」と「愛情」は両方が必要であると思いますが、足立幸子さんの言うように「やってあげない方が子供のためになると分かっているが、やってあげてしまう」そのような事が多いように思います。自分のことを顧みても、おもちゃの片付けを親がやってしまうとか、食べこぼさないように食事を手伝うとか、実は家を綺麗にしておきたい自分のためにやっていることがありました。親子関係だけでなく、社会の様々な場面でそのようなことが見られると思います。
「愛情」ではなく「愛」で生きたら、いくつもの行動が変化していくはずです。「愛」は、本当の意味で相手のことを想う利他的なエネルギーであり、霊性を感得するために必要不可欠なものだと思っています。
カルマについて
カルマは仏教的には「業(ごう)」と呼ばれ、サンスクリット語では行いの結果として蓄積される「宿命」と訳されます。カルマを考える時に「輪廻」や「前世」など宗教的な側面を含める必要がありますが、ここでは輪廻と前世の有無に関しては割愛して考えたいと思います。
カルマを簡単な言葉で表すなら「あたえれば、あたえられる」「相手にしたことは、良いことも悪いことも最終的に自分に返ってくる」ということだと思います。自分がした行為の結果が、自分の期待した通りに起こるということではありませんが、自分のしたことに対して感謝という美しい形で返ってくることもあれば、反対に恨みのようなネガティブな感情として戻ってくることもあるということです。このことに関してロバート・フルフォード博士は「われわれはみんなひとつの生命力を分かち合っている」という表現をしています。
カルマを考える時、もう一つ重要ことがあります。以下はルドルフ・シュタイナーのカルマ論から引用です。
運命の打撃に遭遇したことを単なる結果と考えるならば、悲しい思いをするだけでしょう。その打撃を後に起こる事柄の原因と見なすならば、たぶんそれを喜びと感じることさえできます。なぜなら、ひとがどの人物になれたのかは、運命の打撃のおかげだったのですから。
シュタイナーのカルマ論:カルマの開示
人生は山あり谷あり、良いことも悪いことも等分に起こります。時には自分の運命を呪うような出来事も起こりえると思います。その出来事を単なる結果として捉えるのではなく、原因であると見ることで、その後の人生の大きな糧を得ることが出来ます。私はこのカルマの考え方が非常に重要であるように思います。
霊的な側面を高めるには
霊性は見ることも聞くことも出来ないものですが、感覚的に感じ取ることが出来ます。それは私達ひとりひとりが独立した存在ではなく、全ての人がお互いにつながりを持っていることを感じることから始まると思います。霊性を端的な言葉で表現できるでほど、私の理解はまだまだ及んでいませんが、今現在の私が考える霊性とは「自分や自分の周りの問題だけに囚われず、他者を想うこと」であり、より健康に生きる要点がそこにあると思っています。
この記事を書いた施術者
関屋オステオパシー 代表
関屋 淳 (sekiya jun)
【施術実績 (累計)】
理学療法士としてリハビリを1万人以上
オステオパシーの施術を2000人以上
2児の父として子育て奮闘中
案内動画はこちら
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